ハーバード大学、スタンフォード大学等、米著名大学の教授で構成される人的資本会計の開示に関するワーキンググループ(Working Group on Human Capital Accounting Disclosure)が、SECに対し、どの企業がどれだけ労働力に投資しているかを投資家が判別できるよう、上場企業に十分な情報を開示させるルールを作ることを求める嘆願書を提出しました。
その中で、“投資”か“維持費用”か投資家が判別できるように、3点を提言しています。
- Form 10-Kの“Management’s Discussion & Analysis”項目の中で、労働力コストうち、将来の成長に向けた投資と考える金額について開示させるべきである
- 労働力コストは、会計上はコストとして計上されるものの、投資家が企業の評価モデルの中で算出できるよう、研究開発費と同等に扱われ、開示されるべきである
- SECは、投資家が労働力コストからより多くの示唆が得られるように、損益計算書の中でより細かく分解して示させるべきである
(嘆願書原文)
https://www.sec.gov/rules/petitions/2022/petn4-787.pdf
(嘆願書の概要は以下の通りです。)
嘆願書は3つの部分から構成され、最初にSECの速やかな行動が求められる理由、続いて会計原則を踏まえた3つの提案、最後にそれらに伴う費用対効果について考察がなされる。
【SECの速やかな行動が求められる理由】
上場企業を取り巻く環境は2つの点で変わりつつある。
第一に、多くの上場企業において、企業価値に占める無形資産、中でも人的資本の割合が高くなりつつある。
- 会計基準ができた1930年代は、有形資産を作って運んで売る企業が大半であったが、21世紀になり、人的資本企業の成長が著しい
- それにも拘らず、昔の名残りで、有形資産への投資はB/S上資産計上され減価償却される一方、研究開発や労働力への支出はコストとして扱われ、当期純利益を引き下げる要因となり、B/S上資産として現れない
- 古い会計ルールは、今日の最大手企業が、自社内で開発した人的資本のような無形資産を通じて付加価値を生み出している現実を反映していない
- S&P500社の企業価値に占める無形資産の割合は、1975年には17%だったものが、2020年には90%に達した
第二に、会計上赤字を報告する上場企業が増えているため、企業価値を把握する上でコスト、なかでも大きな割合を占める労働力コストについて分析する必要性が高まっている。
- 決算上は赤字の企業が増えている(2020年には50%超の米上場企業が赤字)ため、伝統的な株価収益率(PER)を用いた企業の評価法が使えず、投資家は将来の収益予想に基づいた分析を行う必要が増している
- 赤字企業を正しく評価するためには、投資家は企業のコスト構造の詳細なブレイクダウンを必要としている
- 支出が“投資”と判断されるべきか、“維持費用”と判断されるべきか、区別できる必要がある
- 新しい設備の購入が企業の業務効率を改善し収益の向上に役立つ場合、将来的な価値を生み出すため“投資”と判断される
- 一方、現行の収益を維持するために既存の設備を買い替える場合、生産性を改善しないため“維持費用”と判断される
- 既存の会計ルールも、設備投資については、不完全ながらも、“投資”か“維持費用”か投資家が見積もることが出来る
- しかしながら、労働力に至っては、投資家は総労働力コストさえ把握できず、いわんや“投資”か“維持費用”かの判別など不可能であり、新たなルールにより投資家が労働力についても正確な判断が出来るようにする必要がある
【3つの提案】
- 投資家が、人的資本についても“投資”か“維持費用”かの判別できるように、Form 10-Kの“Management’s Discussion & Analysis”項目の中で、労働力コストのうち、どれだけが投資に当たり、何故そうか記載すべきである。
- SECは、人件費の種類に応じた内訳を表形式で開示することを義務付けるべきである。なぜなら、従業員の研修費や株式の支給といった労働力関連の支出は、投資と判断され得るためである。表形式の開示により、例えばある会社が労働力に10万ドル投資し、平均勤続年数が5年の場合、投資家は2万ドル/年を5年かけて償却すると考えられる(次ページ表参照)。
- SECは、米FASAC(Financial Accounting Standards Advisory Council)で近年議論されているアジェンダを作り直し、かつIFRSに準拠する形で、損益計算書の労働力コストをより細かく分解して計上させるべきである。これにより、売上原価、研究開発費、販売管理費等のうち、労働力コストに帰属するものがどれか判断できるようになる。その結果、投資家は従業員の果たす機能や役割、期待される価値創造力、企業の従業員に対する依存度について、より良く理解できる。
人的資本の開示 | |||
フルタイム従業員 | パートタイム従業員 | 臨時の労働力 | |
平均勤続年数 | |||
離職率 | |||
従業員数 | |||
カテゴリー別人件費 | |||
給与 | |||
ボーナス | |||
年金 | |||
株式 | |||
オプション | |||
非株式インセンティブ | |||
年金関連繰越費用 | |||
健康保険 | |||
研修 | |||
その他 |
【費用対効果】
開示には常にコストが伴うが、上記提案による効果の方がコストを上回ると考える。
なぜなら;
- 既存の会計のフレームワークに則っている
- 労働力コストの開示や従業員に対する投資は、より高い利益率をもたらすという研究結果がある
- 企業が既に税務申告のために持っている情報を活用するものである
今後も最新情報を発信してまいります。
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