【対談企画】人的資本で成長を促す『ISO 30414』とは?(後編)

前編はこちら

「世界初のISO 30414取得企業の誕生」

 

-  「海外における、人的資本の情報開示の背景にあるドライビングフォースは何ですか?」

〈ザヒッド〉 :
投資家が企業に人的資本の情報開示を求めています。企業価値に占める無形資産の割合が、欧米では8割を超えるようになった一方、無形資産を定量的に測る指標がなかったことが大きな背景としてあります。特許やブランドといった無形資産を生み出すのは人であり、企業が持つ人的資本の測定に投資家が高い関心を持っています。

 

〈保坂〉:
少子高齢化や、産業のデジタル化、M&Aの活発化、更には今回のコロナ禍に伴う働き方の変化に伴い、人材の流動性がますます高まっています。企業が事業戦略を推進していくために必要な人材をちゃんとリテインできているか、あるいはイノベーションを起こすために人材のダイバーシティが担保されているかといった点を投資家が見ようとしています。(前編でザヒッドが指摘した通り)「企業は人」と昔から言われていることが、「具体的に何をしているの?」と、本当の意味で問われ始めているということだと思います。

 

-「Global Reporting InitiativeGRI)やSustainability Accounting Standards BoardSASB)等、サステナビリティに関するガイドラインにも人的資本に関する指標が含まれますが、それらとの違いは何ですか?」

〈ザヒッド〉 :
ステークホルダーに対する企業の責任の表明という点で、サステナビリティのガイドラインも、ISO 30414も同じ世界的な潮流が背景にあります。人的資本の情報開示に関しては、ISO 30414はGRI等既存のガイドラインを補完し、世界のベストプラクティスを参考にしつつ、生産性や採用や労働力等、より幅広い領域について開示基準を示しています。

今年のWorld Economic Forumでも、ガバナンス、地球環境、持続的成長に加え、人(people)に関する情報開示について60社超がコミットしました。

 

-「海外における、企業の開示状況について教えてください。既にISO 30414を取得した企業はありますか?」

〈ザヒッド〉 :
多くの企業がISO 30414の採用を検討しています。2021年1月に、ドイツ銀行グループのアセットマネジメント会社、DWSが世界で初めてISO 30414を取得しました。DWSは運用資産が7,590億ユーロ(約96兆円)に上る企業ゆえ、世界中の投資家にとってもロールモデルになると思います。

 

〈保坂〉:
昨年の米国証券取引委員会(SEC)による人的資本に関する情報開示のルール化後、米国の上場企業も早速対応を始めています。SECへの提出書類の中で、これまで人的資本について説明項目を設けていなかった企業は項目を新設し、既に開示していた企業についても説明内容が充実化し、文字数がかなり増えています。

 

-「日本国内の状況は如何ですか?」

〈保坂〉:
ISO 30414自体は、ようやく認知され始めたという段階です。一方、人的資本の情報開示という点ではバラツキがあるものの、既にサステナビリティの観点から統合報告書等で情報開示を進めている企業は、人的資本についても情報開示を進めています。そのような企業は、ISO 30414の58指標のうち、ダイバーシティ、エンゲージメント、労災件数等を含む20指標程度については既に開示が可能な状態にあると思います。導入を検討し始めた企業もいくつか出て来ました。

 

- 「ISO 30414を導入しようとする際の日本企業にとっての課題は何ですか?」

〈保坂〉:
大きく3つあります。まず、規格自体が欧米のジョブ型雇用を前提として作られているため、日本の労働慣行とマッチしない面があります。例えば、重要ポジション(critical position)に対して、どれだけ内部から登用(internal hiring)しているか、といった指標があったりします。重要ポジションは、日本企業の中でも暗黙に存在するので、定義することは可能だと思います。ただ、“内部登用”については、外部からの採用と同じプロセスを経て登用されていることが前提となるため、定期異動を通じた昇進を行う日本企業は、内部昇進を外部からの採用より優先させる理由を問われる可能性があります。もちろん、ジョブ型に転換していくという方向性もあり得ますが、全ての組織に当てはまるわけではありません。この辺は、日本企業の実情を踏まえつつ、我々が日本企業と一緒に、規格の解釈を考えて行かなければならないと思っています。

次に、社内サーベイや後継者育成計画といった仕組みがあることを前提とした指標がいくつかあるため、会社によっては、そもそもの仕組み作りから始める必要がある場合があります。例えば、リーダーの信頼(leadership trust)という指標は、匿名の社内サーベイ等を通じた周囲からの定量評価を元に算出します。最近では多くの企業で評価の仕組みが導入されつつありますが、実施していない日本企業もまだまだあると思います。

最後に、ダイバーシティやエンゲージメントについては、日本企業は指標として開示ができても、算出結果(ダイバーシティやエンゲージメントの度合)が海外に比して低く出るのではないかと思っています。これらは多くの日本企業にとって共通の課題だと思うので、ISO 30414を改善のツールに使うと良いと考えています。ただし、一律にXX%を達成することが求められているわけではなく、自社の事業戦略に応じた年齢、性別、国籍等に関する会社毎のダイバーシティのあり方を考えることが重要だと思います。

 

-  「大変そうですね。まずは、どこから取り組みを始めたら良いでしょうか?」

〈ザヒッド〉 :
まずは自社がどの位置にいるのか、現状を把握することが重要です。それなくして、どこに向かうか決められません。ISO 30414は、各指標において計算式は示しているものの、ベンチマークとしての“正解”を提供しているわけではありません。国や業界、ひいては各企業の戦略により適正値は異なるためです。国内、業界内、あるいは自社の値の経年比較により、改善していることが重要です。

一方、世界の人事のベストプラクティスを元に作られた規格ゆえ、国、業界、企業固有の慣習を奇貨として変化を拒むのではなく、ステレオタイプを排除し、経営を改善するツールとして活用いただきたいです。

 

〈保坂〉:
自社の人事戦略に従い、開示出来るところから着手していくと良いと思います。ISO 30414の取得のみを目的とせず、まずはISO 30414を理解していること、その上で人的資本の情報開示を進めていることをステークホルダーに発信していくことをお薦めしています。

また、福利厚生や安全等、日本企業がグローバルに見ても優れている面はたくさんあると考えており、そういった点は積極的に開示していくと良いと思います。ISO 30414の指標は必要最低限のものと捉え、規格に含まれないものでも、企業独自の優れた取り組みがあれば、積極的に開示していけば良いと思います。

ただ、企業の立場に立てば、既に財務情報の開示やサステナビリティの情報開示が求められている中「大変」というのが本音だと思います。人的資本の情報開示に関する負荷を軽減するのは我々の役割だと考えています。